大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和58年(行ツ)82号 判決

神奈川県相模原市相模大野六丁目三三番八八号二〇二

上告人

小林園子

右訴訟代理人弁護士

三森淳

神奈川県相模原市富士見六丁目四番一四号

被上告人

相模原税務署長

篠原蕃

右指定代理人

崇嶋良忠

右当事者間の東京高等裁判所昭和五七年(行コ)第三六号更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年三月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三森淳の上告理由について

行政事件訴訟法一四条四項により出訴期間の計算をする場合には「裁決があったことを知った日又は裁決の日」を期間に算入すべきものとするのが当裁判所の判例(最高裁昭和五一年(行ツ)第九九号同五二年二月一七日第一小法廷判決・民集三一巻一号五〇頁)であり、いまこれを変更する必要をみない。同条の規定の解釈適用につき原判決に違法があることを前提とする所論違憲の主張は前提を欠く。また、同条の規定につき右のように解しても、憲法三二条違反の問題を生ずるものでないことは、最高裁昭和二三年(オ)第一三七号同二四年五月一八日大法廷判決(民集三巻六号二〇一頁)の趣旨に徴して明らかである。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋進)

上告代理人三森淳の上告理由

原判決は行政事件訴訟法第一四条の出訴期間の起算日の解釈適用を誤り、それが判決に影響を及ぼしたことが明らかであるが、それは御庁第一小法廷の昭和五二年二月一七日の判例に従っなものであるから、本件は栽判所法第一〇条第三号により大法廷において審理され、民事訴訟法第三九四条、同第四〇七条により原判決が破毀され、原審に差戻さるべきである。

一 行政事件訴訟法一四条一項、四項によれば、同法に基づく取消訴訟は、処分又は裁決があったことを知った日から三箇月以内に提起しなければならない旨出訴期間を定めている。これは処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合において、審査請求があったときの、その審査請求をした者についての出訴期間の定めである。而して、本体においては、その訴訟の対象となる「処分」又は「裁決」とは被上告人が昭和五二年八月三一日付でなした上告人の昭和四九年分の所得税に関する「更正処分」のうち課税所得金額九三万三〇〇〇円をこえる部分の処分、及び、過少申告加算税額を五万六〇〇〇円とした「加算税賦課決定処分」である。そして、その「処分」又は「裁決」(本件では「処分」が訴訟の対象であるから、以下「裁決」を省略する)があったことを知った日又は「裁決」の日(本件では「更正処分」と「賦課決定処分」という「裁決」があった日が問題とされているから、以下「裁決」の日を省略する)はその出訴期間の起算日たる第一日として算入すべきであるとするのが御庁第一小法廷の昭和五二年二月一七日の判例である(民集三一一号五〇頁)。以上は第一審判決理由一、に示され、原判決が理由の冒頭でこれを引用している通りである。

二、併し乍ら、御庁の右判例、及び、これに従って上告人の訴を却下した第一審とこれを支持した原審の判断は行政事件訴訟法一四条の解釈適用を結局は誤ったものであると考えられ、延いては国民の裁判を受ける権利を保障した憲法第三二条の精神にも違反するものであるから、仮に本件係争処分に係る裁決書謄本が上告人に送達され上告人がその処分のあったことを知ったと認められる日が、上告人の主張する昭和五五年五月一一日ではなくて、被上告人の主張の通り同年同月一〇日だったとして、これを争わないとしても、その出訴期間の起算日は同年同月一〇日ではなく、その知った日の翌日の同年同月一一日であると解釈すべきである。そうとすれば、同年八月二〇日は日曜日であって民事訴訟法一五六条二項により不変期間としての出訴期間が一日延長されるから、その期間の満了日は同年八月一一日であるところ、上告人は本件訴をその満了日に提起したことは当事者間に争いがなく、従って、上告人の訴は適法だったことになるから、原判決は右法律の解釈適用を誤り、それが判決に影響を及ぼしたことが明らかなものとして民事訴訟法三九四条、同四〇七条により破毀され、本件は訴訟要件を具備するものとして実体審理に入るため原審に差戻されなければならない。従って、御庁におかれては裁判所法一〇条三号により本件を大法延において審理せられ、前記第一小法廷の判例を変更すべきものと思料するのである。以下その理由の詳細を述べる。

三、民法一四〇条は期間の起算点に関する大原則を定めたものであり、期間を定めるのに日、週、月、又は、年を以てしたときは初日はこれを算入しないと定める。それは期間はこれを遵守すべきことを義務づけられた者の利益のために定められたとする民法一三六条一項の精神と同一の立法趣旨によるものであって、この初日不算入の原則は特に反対の立法のない限り、私人相互の間丈ではなく、国民と国や公共団体間の公法上の期間計算においても広く現実に適用されているのである。その好例が民事訴訟法三六六条(控訴)、三九六条(上告)、四一五条(即時抗告)、四二四条(再審)、四四〇条(仮執行宣言後の異議)、並びに、民事訴訟規則五〇条(上告理由書の提出)等につき、最高裁判所から簡易裁判所に至る迄全国の総べての裁判所において現実に統一的に行われている控訴、上告、抗告、再審申立、異議等の実務である。因みに、民事訴訟法三六六条一項には、控訴は「判決の送達ありたる日」より二週間内にこれを提起することを要すとあり、「送達ありたる日の翌日」よりと規定されているのではない。然るに、その控訴期間は当然のことのようにして判決の送達された翌日から起算されている(大審院昭和六年二月二十七日判決、評論二〇民訴一七七)。即ち、民事訴訟の実務においても民法一四〇条による期間計算の原則が当然のこととして行われているのである。

四、ところで、行政事件訴訟法はその第七条により民事訴訟法を準用して居り、且つ、民事訴訟法三六六条初め前項所掲の各条文の規定の仕方は行政事件訴訟法一四条のそれと全く同一なのである。前者は「判決の送達ありたる日より」、「裁判の告知ありたる日より」「再審の事由を知りたる日より」等と規定し、「送達の日の翌日より」、「裁判告知の日の翌日より」、「再審事由を知った日の翌日より」等とは規定してはいない。さりとて、送達の日、裁判告知の日、再審事由を知った日、そのものを第一日とし、その日を含めて起算する趣旨の文言の記載もない。然るに、実務は戦前の大憲院時代から今日に至る迄総べてその翌日から起算されているのである。従って、行政事件訴訟法一四条の「処分があったことを知った日」から三箇月以内に提起しなければならないという条立の解釈については、同法7条の趣旨からしても、その「処分があったことを知った日の翌日」から起算し、民事訴訟の前記各条文の解釈と同一に判断を統一すべきは、国民の裁判を受ける権利を保障する憲法三二条の精神に照らしても蓋し当然というべきである。裁判の生命は正義と公平であり、同種の争訟手続を定める民事訴訟法と行政事件訴訟法の解釈が彼此相反目するようでは著しく公平の精神が傷つけられ、失われて了うからである。原審の判断とその根拠となった御庁の昭和五二年二月一七日の前記判例が正しいとするならば、民事訴訟の従前の実務は総べて誤りだったことになり、一日違いで控訴、上告が本来不変期間徒過を理由に本件同様却下さるべきものを適法として受理され、その後原判決が取消され、又は、破毀されて不当に球済されたというケースが可成りの多数に上ることとならざるを得ないのである。

五、行政訴訟であれ、民事訴訟であれ、その出訴期間は憲法三二条によって保障された裁判を受ける基本的人権に係る制度である。而して、法律の条文に「判決の送達を受けた日より二週間内に控訴することを要する」、又は「処分があったことを知った日より三箇月内に訴を提起することを要する」と定められた以上は、その二週間なり、三箇月なりの国民の期間に関する裁判を受ける権利は確実に保障されなければならない。ところが、原判決のように「処分があったことを知った日」を第一日として起算したのでは、その出訴期間は三箇月丸々保障されたことにはならないのである。本件についてこれを観るに、若し係争裁決書の謄本が昭和五五年五月一〇日に送達されたものとし、その一〇日を第一日として起算すれば、出訴期間は同年八月九日に満了する。そして同年五月一〇日に送達されるのは決して正確に同一〇日の午前〇時〇分ではなく、郵便業務の実状からして早くても午前一〇時頃遅ければ午后四時頃に送達されることになる(第一審判決理由三、1.(一))。そうすれば、出訴期間は三箇月からその半端な時間一〇時間又は一六時間短縮されることになり、原審のような解釈は国民の裁判を受ける権利を保障する憲法第三二条に数量的には一〇乃至一六時間程違反することになるのであり、少くともその精神には違反するのである。条文の文言、体裁の趣旨が同一であるにも拘らず、裁判所が民事訴訟と行政訴訟につき、その出訴期間の起算日を別異に解釈適用するのは単なる法解釈の技術的な問題ではなく、国民の裁判を受ける実質的な権利を侵害するのみならず、裁判の生命でもある衡平の理念にも著しく背くものである。この衡平の理念を貫くためには民事訴訟、行政訴訟を通じてこの種の全法律体系の中において、出訴期間の起算日の解釈は斉合性、統一性を無視してなされてはならないと信ずるものである。行政訴訟の場合、民事訴訟とは異なり国民の裁判を受ける権利を一日に満たない端数につき切捨ててこれを無視しなければならないような緊急性その他の合理性は何等存在しないのである。国民にとって訴の提起というものは時には精神的にも深刻な苦痛を伴ない、大きな負担となり、そのために出訴期間ギリギリ一杯迄手続きすべきか否かを真剣に思い煩うことが少くないのである。してみれば裁判を受ける権利という重大な基本的人権を尊重するという人道的見地からしても、半日たりとも国民の出訴期間の利益を奪いような解釈は到底許されないと思われるのである。

六、更に無視してはならないことは、行政事件訴訟法一四条の出訴期間の起算日につき、処分があったことを知った日は算入すべきではないとする有力な学説、判例も沢山あるということである(「行政事件訴訟特例法逐条研究」二七三頁以下、兼子一、三ケ月章各東大教授発言、「最高裁判所行政事件訴訟十年史」一四七頁、森勝治氏、判例評論二一六号一三五頁、民商法雑誌七七巻三号四二四頁以下、原野翅岡山大教授批評、中島尚志氏法律のひろば二八巻四号六四頁、判例評論二一六号二一頁、判例評論二一六号二一頁、松山地裁昭和四六年四月二二日判決、行裁集二二巻四号五三三頁、武田昌輔成蹊大学教授、大蔵省主税局荒井久夫氏、国税庁船田健二氏、清水延日安公認会計士等共著「税務相談」二九七頁が雄川一郎教授の「行政事件訴訟特例法」五条の解釈、同法律学全集「行政争訟法」一八九頁、)。同第一四条の用語の解釈からして、当然処分がなされた日を起算日に加えて出訴期間を定めるべきである旨の解釈は民事訴訟法三六六条外の民事裁判における実務は民事訴訟法の当然の用語の解釈を誤ってなされている旨の議論でもあって、誤りであるという外はない。行政不服審査法一三条一項、四五条は処分を知った日の翌日から起算して五〇日以内に審査請求又は異議申立をなすべきこと、国税通則法十七条、一一一条一項は処分のあったことを知った日の翌日から起算して二ケ月以内に不服の申立をなすべきこと、地方自治法一四三条四項は決定のあった翌日から起算して二一日以内に審査請求すべきこと、同法二二九条三項は同様三〇日以内に異議申立をなすべきことを、それぞれ規定しているが、これらは前記当然の初日不算入主義を明文によって宣言したに過ぎないのであり、その反対解釈として行政事件訴訟法一四条につき初日算入税を主張することが誤りであるのは、同じ理由で民事訴訟法の控訴上告等につき初日算入説を適用することが許されないのと同じである。国会法一四条、一三三条における期間の初日算入は国民の裁判を受ける権利には無関係であるから、本件訴訟における出訴期間の解釈の参考にはならない。

七、刑事訴訟法三七三条(控訴)、四一四条(上告に準用)における控訴、上告期間もその二週間は判決が告知された日から進行する(同法三五八条)と規定されるが、その用語の解釈から告知された初日が当然にその出訴期間の第一日に算入されるということは全くなく、同法五五条一項本文はその初日不算入を明文を以て宣言している。刑法には同旨の条文は存在しないが、刑法にも民法一四〇条が適用さるべきことは学者(団藤重光最高裁判所判事)の説くところである。以上民・刑事、行政上の期間計算に関する実務と学説に、国民の裁判を受ける権利の重要性を綜合して考察すれば、本件出訴期間の起算日は上告人が裁決書謄本の送達を受けて処分がなされたことを知ったと推定される昭和五五年五月一〇日(被上告人主張、原審、第一審認定)ではなく、その翌日である同年五月一一日であることは明らかである。依って、本件は大法廷において審理され、原判決は破毀され、御庁の前記判例は変更され、本件は原審に差房さるべきものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例